東京高等裁判所 昭和62年(ネ)1543号 判決 1989年8月10日
控訴人(原告) 涌井照雄
右訴訟代理人弁護士 石田義俊
同 齊藤栄治
被控訴人(被告) 株式会社大忠(旧社名 大忠建設株式会社)
右代表者代表取締役 高橋正也
右訴訟代理人弁護士 槇枝一臣
同 高橋一嘉
主文
一、原判決を取り消す。
二、被控訴人は、控訴人に対し、金一一二〇万円及びこれに対する昭和五九年八月四日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。
三、訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
四、第二項は仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、控訴人
1. 主文第一ないし第三項同旨。
2. 仮執行宣言。
二、被控訴人
本件控訴を棄却する。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 控訴人は、株式会社である被控訴人から、昭和五八年七月三〇日、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)及び建築中の建物(以下「本件建物」といい、土地と併せて「本件土地建物」という。なお、建物全体を「本件マンション」という。)を、次の約定で買い受けた(以下右契約を「本件売買契約」という。)。
(一) 代金 金二八〇〇万円
(二) 支払方法
昭和五八年七月三〇日 金一四一万円
昭和五九年四月三〇日 金四一九万円
同年六月三〇日 金四四〇万円
同年七月三〇日 金一八〇〇万円
(三) 本件土地建物の引渡及び所有権移転登記手続
同年七月三〇日に金一八〇〇万円を支払うのと同時
(四) 違約金 代金の二〇パーセント
2. 控訴人は被控訴人に対し、右代金のうち、昭和五九年七月三〇日の支払分を除いた合計一〇〇〇万円を約束どおり支払った。
3. 本件建物の用途は店舗であったが、本件売買契約においては、その業種に特に限定はなかった。ところで、本件建物の所在場所やそれが地階(契約書上は地階であるが、実際には本件建物の床は道路面とほぼ同一の高さで、実質は一階であり、そのことは契約当初から明らかであった。なお登記簿上も一階と表示されている。)にあることからそもそも飲食店向きであるうえ、しかも控訴人が飲食店経営者であり、本件建物も飲食店として使用することを説明していたことから、それが飲食店などの営業が可能な構造を有するものとして、本件売買契約は締結された。
4.(一) 飲食店店舗として使用するには、冷暖房、厨房用の換気設備等の設置可能な建物でなければならない。
(二) また、本件契約時に交付された本件建物の図面(甲第六号証の一)では、その北西隅の北側支柱より奥の部分(以下「本件空間部分」という。)が有効面積とされていたのであって、右部分が有効床面積に算入されるものとして、本件売買契約は締結された。
5.(一) ところが、現実に建築された本件建物に、関係諸法規に違反しないで、冷暖房設備、厨房用の換気設備を設置することは、その構造上不可能である。
(1) すなわち冷暖房設備を設置するためには、その室内機と室外機とを結ぶパイプを通すためのパイプ用孔及び室外機置場の存在することが不可欠の前提となるが、本件建物にはこれらがいずれも存在しないから、冷暖房用設備を設置することができない。被控訴人のいうように、本件建物の北側壁にパイプ用孔を穿設し、室外機を本件建物の北側にあるゴミ置場に設置すると、「建物の区分所有等に関する法律」(以下「区分所有法」という。)の規定により、他の区分所有者の共有持分権を侵害することになる。
(2) また、厨房用の換気設備を設置するためには、換気孔及び排気ダクトの存在が不可欠の前提となるが、これらも本件建物にはいずれも存在せず、厨房用換気設備を設置することができない。天井扇と厨房のダクトとを連結しても、右扇はその能力及びその吐出口からして、換気扇としての用をなさない。さらに、本件建物の北側壁の換気孔の位置として要求される高さ以上の部分に新たに換気孔を穿設し、かつ排気ダクトを設置することは、前同様に区分所有法及び建築基準法施行令一二三条二項一号の各規定に違反し、不可能である。
(二) 本件建物には、本件空間部分が存在しない。
6.(一) よって、控訴人は被控訴人に対し、昭和五九年七月二九日到達の書面で、右5指摘の点について改善を申し入れたが、被控訴人から改善する旨の返答はなかった。
(二)(1) また、昭和五九年七月三〇日になっても、本件建物は完成せず、被控訴人は控訴人に対し、本件土地建物の引渡及び移転登記手続をすることができなかった。
(2) さらに前記のとおり、本件建物は店舗として使用可能でなければならないが、被控訴人は、昭和五九年六月一九日ころ、独断で本件建物の用途を事務所に変更する申請を文京区建築主事に提出し、これをそのように変更してしまった(現在もそのままである。)。したがって、被控訴人は、本件建物につき店舗としての検査済証を入手しておらず、同建物を店舗として控訴人に引渡すことは、建築基準法七条の三の規定に反し、実現できなった。
(三) 被控訴人は、本件土地建物を昭和六一年三月三一日、訴外藤尾洋一に売渡し、その所有権移転登記を経由した。
7. 控訴人は被控訴人に対し、昭和五九年七月二九日到達の書面で、履行を催促のうえ、引換えに残代金を支払う旨通知し、更に同年八月三日到達の書面で、本件売買契約の一五条(2)により、右契約を解除する旨通知した。仮に右解除が認められないとしても、控訴人は、本件訴状により本件建物の構造上の欠陥を指摘し、解除の意思表示をした。
8.(一) また、本件建物には前記の瑕疵があり、そのため本件売買契約はその目的を果たせないから、控訴人は、本件訴状により右契約を解除する旨通知し、右書面は昭和五九年一〇月二〇日被控訴人宛送達された。また、仮にそうでないとしても、同年八月三日被控訴人に到達した書面または昭和六〇年一月二四日付の準備書面(同日被控訴人代理人に交付)をもって契約を解除した。
(二) さらに、本件土地建物は他に売却されたため、控訴人にこれを引渡し、所有権移転登記をすることは履行不能となったから、昭和六二年一〇月一日付準備書面により、控訴人は被控訴人に対し本件売買契約を解除する旨の意思表示をした(同日被控訴人代理人に交付)。
9. よって、控訴人は被控訴人に対し、支払済の売買代金一〇〇〇万円の返還と違約金の一部一二〇万円の支払及び右一一二〇万円に対する契約解除の翌日である昭和五九年八月三日から右完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
1. 請求原因1は本件土地建物の所有権移転登記の時期を除いて認める。右登記は代金支払後とされていた。
2. 同2は認める。
3. 同3のうち、本件建物の用途が店舗であったこと及び完成後の本件建物の床が道路面とほぼ同一の高さであり、登記簿上一階と表示されていることは認める。控訴人は本件建物を投資用のマンションとして購入したのであり、自ら飲食店を経営することなどが契約の目的とはなっていなかった。なお、本件建物の床面の高さや、登記簿上の表示が右のとおりであることは、右建物完成後に判明した事情であり、本件売買契約が締結された時に存在した事情ではない。
4.(一) 同4(一)は認める。
(二) 同(二)は否認する。本件空間部分が有効面積に入っていないことは明らかである。
5. 同5は否認または争う。冷暖房、厨房用の換気設備等の設置は可能であり、現に本件建物において、それらを設置のうえ蕎麦屋が営業している。
6.(一) 同6(一)は認めるが、その書面が到達したのは昭和五九年七月三〇日である。
(二) 同(二)のうち、昭和五九年七月三〇日に本件建物が完成していなかったこと、本件建物の用途を事務所に変更したことは認める。なお、用途の変更は便宜的なものであって、その後にこれを店舗に変更することが可能である。
7. 同7のうち書面の到達は認めるが、本件空間部分のことを理由とする解除の通知であったし、また、代金の支払場所も約束の場所ではなかった。訴状による解除の主張は争う。
8. 同8のうち、各書面の到達の日時は認めるが、その余は否認または争う。なお、本件訴状またはその他の書面の送達をもって、民法五七〇条、五六六条の規定による契約解除の意思表示がなされたものと解することはできない。
9. 同9は争う。
三、抗弁
1. 引渡等の時期の延期(履行遅滞の主張に対するもの)
(一) 本件売買契約に定められた本件土地建物引渡の時期は、第二回の代金支払期日であった昭和五九年四月二八日、控訴人と被控訴人との間で、一か月程度延期することが合意された。
(二) 仮にそうでないとしても、本件土地建物の所有権移転登記の時期は、昭和五九年四月二八日、控訴人と被控訴人との間で、一か月程度延期することが合意された。
(三) また、控訴人が売買契約の対象であると主張する本件空間部分は、売買の対象ではなく、したがってその引渡義務はない。控訴人は、本件空間部分を含めて引渡をしないと、代金を支払わないとの趣旨の通知をしたのであるから、右通知は催告としては無効であって、被控訴人が、控訴人の催告に応じなかったとしても、被控訴人に履行遅滞はない。
2. 冷暖房等の設備の設置可能(債務不履行の主張に対するもの)
本件建物に、建築基準法等関係法規に違反することなく、もともと設置された以上の能力の冷暖房、厨房用の換気設備等の設置は可能であり、現にそれらが、本件マンションの区分所有者らの承諾も得て、適法に設置されている、
3. 代金不払を理由とする本件売買契約の解除
被控訴人は、控訴人に対し、昭和五九年一〇月一六日到達の書面により、七日以内に残代金の支払の催告及びその支払がない場合は本件売買契約を解除する旨通知し、その後右期間が経過した。
4. 時効(瑕疵担保の主張に対するもの)
控訴人が、被控訴人主張のような本件建物の瑕疵を知った時期は、昭和五九年七月二一日ころであり、控訴人の解除権は同六〇年七月二一日の経過をもって消滅した。
5. 信義則違反等(債務不履行、瑕疵担保の主張に対するもの)
(一) 本件マンション、すなわち「パールシティ小石川」の当時の区分所有者全員は、昭和六一年二月二七日に開催された区分所有者の集会において、訴外藤尾洋一のため次の件を承認する旨の決議をした。
(1) 本件建物の裏・ごみ容器置場側の壁に幅八〇センチメートル、高さ一八〇センチメートルの開口部を設けること。
(2) 右開口部の上部に幅、高さ各三〇センチメートルの換気扇を取り付けること。
(3) 火元釜下部分に二〇センチメートル径口の開口を設けること。
(4) 本件建物から排気用ダクトを出すこと。
(5) 本件建物開口部付近に空調用等室外ユニットを設置すること。
(二) そもそも、冷暖房等の設備は、買主側において設置するものであるところ、本件建物を買受けて所有権を取得した者がその使用方法を確定せず、したがって開口部の位置も、換気の必要能力も具体的に定まっていない段階において、区分所有者らから右のような決議を得ることは不可能である。控訴人が、いまだ開口部を具体的に決定する段階に至っていなかったにもかかわらず、本件訴訟において、控訴人主張のように開口部を設けることが区分所有法に違反する旨主張することは、信義に反しまたは権利の濫用として許されない。
6. 客付けの合意(債務不履行、瑕疵担保の主張に対するもの)
(一) 控訴人は、昭和五九年七月二三日、被控訴人の代理人である訴外大忠商工株式会社との間で、次の内容の客付けの合意をした。
(1) 本件建物の賃借人を右訴外会社で募集し斡旋すること。
(2) 賃料は坪当たり一万一〇〇〇円から一万二〇〇〇円の間とすること。
(3) 保証金を三〇〇万円以上とすること。
(二) 右の入居者が決まらない以上、本件建物の用途も決まらず、もとより開口部等も決めようがないのであって、その開口部を設けることが区分所有法に違反する旨主張することは理由がないというべきである。
四、抗弁に対する認否
1. 抗弁1(一)ないし(三)はいずれも否認する。
2. 同2も否認する。その詳細な事情は請求原因で述べたとおりである。
3. 同3は認めるが、その効果は争う。
4. 同4も否認または争う。昭和五九年七月二九日被控訴人に到達した書面(乙第七号証)、本件訴状及び同年八月三日被控訴人に到達した書面(乙第九号証)には、それぞれ本件建物の瑕疵について記載されている。しかも、右八月三日付けの書面には契約を解除する旨記載されている。もともと、売買代金の返還を求める本件訴状自体に契約解除の意思表示が含まれているし、昭和六〇年一月二四日付けの準備書面にはその趣旨が明瞭に記されている。
5. 抗弁5(一)は不知、同(二)は争う。なお抗弁5は主張自体失当である。すなわち① 本件建物に開口部を設けるのに区分所有者の同意を得なければならないこと自体瑕疵に当たり、またそのような建物を売買の対象としたことは、債務不履行に当たる。② 控訴人としてはそれらについて被控訴人からなんら説明を受けておらず、区分所有者らの承認が得られるかどうか判らなかった。③ 訴外藤尾は、本件建物を蕎麦店として使用するについて、工事費を別途負担したばかりでなく、階段下にごみ置場を設けるなど、実質上かなりの対価を支払っている。④ 右藤尾は本件建物の瑕疵を知って買い受けたものであり、控訴人と立場が異なる。
6. 抗弁6(一)は認めるが、同(二)は争う。そもそも本件建物購入から紛争までの経緯、本件建物の建物全体から見た位置、構造からして、開口部、室外機置場が必要なことは勿論、その位置等も自明のことであり、本件建物の売主として被控訴人は、分譲前にそれらを確保しておかなければならなかったのである。
五、再抗弁(被控訴人の解除の主張に対するもの)
請求原因で述べたとおり、被控訴人において、控訴人の催告に応じた本件売買契約の履行をしないのであるから、控訴人に履行遅滞はなく、その責めを負わない。
六、再抗弁に対する認否
否認または争う。
第三、証拠関係<省略>
理由
一、請求原因1の事実(本件売買契約の成立)は、本件土地建物の移転登記の時期を除いて当事者間に争いがなく、<証拠>によると、ローン利用の場合以外は売買代金完済後に所有権移転登記手続がされる約束(第10条)であったことが認められ、請求原因2の事実(一〇〇〇万円の支払)も当事者間に争いがない。
二、そこで本件売買契約において、本件建物が飲食店の営業が可能な構造を有するものとされていたかどうか検討する。
1. 本件売買契約において、本件建物の用途が店舗であったこと、完成後の本件建物の床が道路面とほぼ同一の高さで、登記簿上一階と表示されていることは、当事者間に争いがない。
そして、<証拠>によれば本件売買契約書上は本件建物は地階と表示されていることが認められるが、書き込み部分を除き<証拠>によれば、本件売買契約締結前に乙第二号証の配置図等が被控訴人から控訴人に交付されており、また本件契約締結のさいにも右乙第二号証の配置図等及び書き込み部分を除く甲第六号証の一の平面図により当事者間に協議が行われていることが認められ、右各図面によれば本件建物は道路面を基準として実質一階であることが認められるから、本件契約締結のさい、当事者は、本件建物が実質一階であることを認識し、これを前提としていたものと認められる。
2. ところで、本件建物の用途が店舗であるうえ、本件においてその営業種目として特に飲食店が除外されていると認めるだけの証拠もないし、またその存在する階からしても、右店舗の営業種目には飲食店も含まれていたものと推認される。のみならず、原審証人斉藤光宗、同宮長義一の各証言並びに原審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は被控訴人側と本件建物の売買をめぐって折衝を開始した当初から、本件建物を他に賃貸することも考えるが、同人が現在営業している店舗を建て替えるような場合等には、これをその代替店舗等として自分で営業する場合もあり得ることを被控訴人の社員斉藤光宗らに話し、被控訴人側もこれを了承して、本件売買契約を締結したこと、控訴人の営業は、昼は食堂、夜は酒も提供するいわゆる「飲み屋」を兼ねる店であることが認められ、前記店舗の営業種目のなかには、たとえば焼肉店のように特別の換気装置が必要な飲食店は別として、少なくとも、本件建物で現在営まれている蕎麦店、または控訴人が現に営んでいる程度の飲食店等は当然に含まれていたものと認められ、他に右認定を左右するだけの証拠はない。したがって、本件売買契約においては、本件建物が飲食店営業可能な構造を有するものとされていたというべきである。
三、ところで、本件建物を飲食店店舗として使用するには、冷暖房は勿論のこと、特に厨房用の換気設備が必要であるから、(この点は当事者間に争いがない。)、それらを設置することができないとすれば、飲食店営業可能な構造を有するものとはいえず、本件売買契約に反することは明らかである。
控訴人は、建築基準法等の関係法規に反しないで、本件建物には、右設備を設置することができない旨主張し、控訴人はこれが可能であり、現にそれらが設置されている旨主張するので(抗弁2)、以下に検討する。
1. <証拠>によると、本件建物の天井に当初設置されていた換気設備(換気孔を限度一杯に利用したとしても)では、事務所、喫茶店等の軽飲食店は営業可能であるが、現在営業している蕎麦店や、前記控訴人が営業しているような飲食店を営むには換気設備が不足すること、現在営業中の蕎麦店も、右換気設備では換気量が大幅に不足するため、本件建物の北壁に、改めて換気孔等を設け、本件建物の裏側に冷暖房用の室外機器を設置するとともに、併せて大規模なダクトを七階建の本件マンションの壁面沿いに設置して、屋上から排気する構造になっているところ、本件建物の北壁に右のように開口部(排気孔は明らかにこれに該当する。)を設けることは、建物全体の避難階段との関係で建築基準法規に違反していること(なお、北壁に設置された出入口そのものも違法である。)、そして右北壁に、以上のような規模の開口部を、建築基準法規に違反しないで設置することは不可能であることが認められる。
なお、<証拠>によると、本件マンションの区分所有者らの共用部分について、本件建物に入居した蕎麦店のために、前記開口部、ダクト、冷暖房用の室外機器を設置等することに関し、その共用部分の使用承諾が得られていることが窺われるが(もっとも右各開口部の設置が建築基準法に違反していることを知ったうえで承諾したかは疑問であるが。)、右承諾によって前記違法が治癒するものではないし、また乙第一七号証の記載も右認定を左右するに足りず、他にこれを覆すだけの証拠はない。
2. そこで他の場所に右設備等が設置可能かどうか検討する。
(一) 乙第一七号証には、本件建物の西側、避難通路(前記乙第二号証には避難通路として記載されているが、弁論の全趣旨によると、本件マンションの住民のための唯一の通路であることが認められる。)の壁にファイヤーダンパー(一種の小型の防火シャッター)を設置することが条件ではあるが、開口部を設けることが可能であるとの記載がある。
しかし、<証拠>を総合すると、右避難通路は建物の一部がその天井を形成しており、その部分に開口部を設けることは、安全の見地からは、むしろ避難階段から二メートルのところに開口部を設けること以上に問題があり(建築基準法上というよりむしろ消防法上の問題であろうが)、とくに排気孔については東京都も設置しないように行政指導していることが認められる。加えて、右避難通路及びその壁は、区分所有者らの共用部分に属する(のみならず前掲甲第四号証の六、七によると、右避難通路の北寄りには居住者らのものと思われる集合郵便受が設置されていることが明らかである。)と認められるところ、右避難通路の壁に排気孔を設け、さらにそれにダクトを接続して、本件マンションの南側か北側の(表側か裏側)いずれかに排気するというような共用部分の使用の承諾を得られるのか疑問である(なお、控訴人は共用部分を使用しないと、飲食店として営業することが不能であれば、それ自体で債務不履行を構成するとも主張するが、当該部分の使用が他の持分権者らに格別支障を来さず、将来その使用承諾を得られることが推認されるような場合には、その承諾が得られないことが確実となった場合は別として、少なくとも承諾を得る手続をとる前の段階で、既に債務不履行に当たると解することはできない。)。
(二) また、本件建物の公道寄り、表の側に前記各設備を設置することも、前掲((一))各証拠及び当審鑑定人泉宏の鑑定結果によると(設備が公道側にはみ出す等の問題がある。)、結局建築基準法に違反する結果となることが認められる。
(三) 他に、前記諸設備が適法に設置できることを、認めるだけの証拠はない。
3. 以上述べたところに、当審鑑定人泉宏の鑑定結果を総合すると、本件建物は、そもそも原設計において、蕎麦店、控訴人の営むような飲食店には適しない構造のものであったと認めざるを得ない。
してみると、被控訴人は、本件売買契約に違約する建物を控訴人に販売したことになり、控訴人は、右契約一五条(2)に基づき、催告なしに直ちにこれを解除することができるというべきである。
四、次に、控訴人の解除の通知について判断する。
1. 請求原因6(一)(冷暖房、厨房設備等について改善を求める通知)は、その到達の日が七月二九日か、三〇日かの点を除いて、当事者間に争いがない。
2. また請求原因7(本件売買契約解除の通知、訴状の送達)の事実も当事者間に争いがない。
3.(一) ところで、<証拠>によると、控訴人はまず本件建物について本件空間部分が存在しないとして、代金支払の留保を申し入れたうえ(乙第七号証)、次いで右1の通知(乙第八号証)、さらに解除の通知(乙第九号証)を、控訴人宛に発送したことが認められるが、右乙第九号証には、本件売買契約一五条(2)に基づいて解除する旨記載しながら、その理由としては、①本件空間部分の欠如、②本件建物の引渡及び移転登記の遅滞等が挙げられているのみであって、前記諸設備の設置不能は、右解除の理由とされていないことが明らかである。
(二) しかしながら、売買契約を解除するための解除権の行使には、その理由を付してすることまでは法律上必要とは解されず、したがって必ずしもその解除通知に記載された解除原因に拘束されることもないと解されるし、また約定による解除については、前記のとおり催告の必要もないと解されるうえ、本件建物についての前記飲食店営業のために必要な諸設備が設置できず、その営業ができないとの債務不履行(違約)は、前記認定のとおり基本設計に起因する履行不能ともいうべきもので、被控訴人側においてその違約を是正する余地もないし、さらには表現は不十分ながら前記乙第八号証によって、換気等の不備も事前に通知していることを併せ考えると、本件訴状の送達をまつまでもなく、昭和五九年八月三日到達の前記乙第九号証による本件売買契約一五条(2)により解除する旨の通知により、右契約は解除されたものと認めるのが相当である。
4. そうであれば、被控訴人は、控訴人に対し、受領ずみの売買代金を返還するとともに、違約金として総代金額の二〇パーセント(前記争いのない事実)、五六〇万円を支払わなければならない。
五、次に被控訴人の抗弁について、必要な範囲で検討する。
1. まず抗弁5(二)(信義則違反、権利濫用)について判断する。
<証拠>によると、本件のような新築マンションの売買に関しては、売買の対象となった建物の内装、諸設備等は、契約書に記載されているもの以外は、買主側の負担において設置する約束であること、特に本件建物のような店舗においては、その用途が決まってから、それに沿ってその設備を設置していくことになるところ、買主側の用途の決定がなく、その指示もない以上、開口部の位置、その規模、それに伴う本件マンションの区分所有者らの承諾等も、あらかじめ得ておくことは事実上できないことが認められる。しかしながら、本件売買契約の解除は、前記のとおり、そもそも換気設備等の設置が契約基準法等関係法規に反することになるため設置不能であることを原因とするものであるから、被控訴人の主張は、その前提に欠け主張自体失当というべきである。
2. 次に抗弁6(客付けの合意)について判断する。
抗弁6(一)の事実は当事者間に争いがない。
そしてもし右客付けができて、入居者が決まり、当該入居者が前記飲食店等以外の、既設の設備に満足できる用途で本件建物を使用するのであれば、当面問題が生じなかったであろうことは推測されるものの、しかし前認定のとおり、将来的にであるとしても、控訴人には、自分自身が飲食店として使用する意図もあり、また客自身が本件建物を飲食店として使用することも考えられるのであって、客付けの合意があるからといって、控訴人が本件建物の構造上、飲食店の営業に必要な設備の設置ができないと主張することが許されなくなるわけのものでもないし、また右1と同様の理由からしても、控訴人の抗弁6は主張自体失当というべきである。
六、そうだとすると、その余の主張について判断するまでもなく、控訴人の支払ずみの売買代金一〇〇〇万円及び前記違約金のうち一二〇万円並びに右各金員に対する解除の日の翌日である昭和五九年八月四日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を求める請求は、理由があるのでこれを全部認容すべきところ、これと異なる原判決を取り消して、控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、仮執行宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 越山安久 裁判官 鈴木經夫 浅野正樹)